Nariaki's Page
本文へジャンプ 2007年2月4日 

 

2007年 年頭のご挨拶

2007・新春  古稀の賀状を書けるのも、幸いな人生の一区切りということなのだろう。何人かの敬愛する知人友人が鬼籍に入り、やがては我が身と思うと、この世のはかなさを<諸行無常の響きあり・・・・>と高校時代に漫然と覚えた一節が、実感となって迫ってくる。例年のように、印刷屋から「今年はメールで送って」との電話が入り、我が長文の賀状も、活字からタイプ印刷になり、今日ではPCで印刷する時代となった。いつの日か「この賀状が時の流れを記していた」などと孫子の話題になる事を考えるのも、また楽しいことだ。賀状を読んでから、感想等を書き送ってくれる方が多くなったのも近年のこと。その中で、これこそ僕たち老齢の鏡とするひとつを載せておく。年頭の心に刻んで欲しい。それは、今から50余年前、GHQのマッカーサーの執務室の壁にあったというポエム。日本ではあまり知られていない、サミエル・ウルマンの<青春>の譜「青春とは人生のある時を言うのではなく、心のもち方を言うのだ。優れた創造力、逞しい意志、萌える情熱、怖れを退ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こういう心のもち方が青春なのだ。歳を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いが来る。・・・・」という詩である。

 僕にとって最も大きな2006年のニュースは、ネパールの10年に及ぶ内戦に、ひとつの区切りがつき、和平に向かっていることだ。でも、まだまだ問題は沢山ある。ネパールの王家の存在、マオイストの国政への関わり等々、関所は多い。心強く嬉しいのは、内戦を追っている日本の女性のジャーナリストがいることだ。彼女のブログを読むことが、日課となっている僕に気がつく。内戦にほとんど関わりのなかった、ヒマラヤの山中のプチホテル・LTVも客が来始めたようだ。僕も昨年は、3回友人と出かけたし、今年は春と秋にツアーを考えている。オーナーのA・トラチャンはヒマラヤの環境問題にうるさく、僕との対話でも観光客の増加、地域の活性化、サスティナブルな建築・・・と話がはずみ、この会話は世界を考える諸事につながる。昨年のアラスカやアンデスの旅でも、僕の頭の中には自然環境と戦争(歴史)のことばかりがしめ、美しい町や建物、そこに暮す人びとや風俗習慣など、これまでの興味の中心が、少しずれてきた。意識して、地球上の自然構成の不思議さとか、天空の星の輝きや、月の傾きに目を移そうと思う。

 歳を重ねるということは、思考や行動のスピードが落ちている事で、納得している。ただ、物忘れは多くなろうと、長く生きた体験と学習により、記述する内容は、より深くなってくる。思考もそれなりに高くなり、建築として表現される僕の考えも変化してくる。例えば、研究会を持っている建築家・村野藤吾についても、残された建築を見れば見るほど、今後の僕の意識を、高度なものとしなければならない。しかし、このことを普遍化して、多くの人たちに興味をもっていただく為にはどうすればよいのか、またまた考え込んでしまう。

 2007年の旅は1月のモロッコに始まり、ネパール、雲南、スークーニャン・成都、ムスタン、秋になってアドリア海沿岸、初冬にヒマラヤ・・・・と企画はすごい。ヒマラヤの子供達に少しでも贈り物をしたく、個展の売り上げものばしたい。高校同窓の「紫友美術展」や早大建築卒の「彩寿会展」もある。山仲間の展覧会もしたい。勿論、建築は僕の心であり、人生の規範であるし、生計をたてる場でもある。旅や絵を描くことは、僕に必要なことだけれど、アマチュアとして楽しんでいきたい。 この1年のできごとが、僕の心に、苛立たしさを起こしたのは間違いないこと。多くの優れた建築や美術的価値のあるものが、単に経済と言う名目や、リーダーの威信のみで壊され、壊されそうになっている。僕の中学母校も73年という、歴史と伝統を、単に古くなった、小子化による統廃合ということで取り壊すそうである。早稲田大学でも、村野建築の文学部校舎が解体と言う噂である。秋の一時期を黄色く飾った我が家の銀杏も、考えれば哀れであった。アラスカのデナリ公園の保護の状態と、USAの京都議定書を批准しない矛盾に、一寸おかしいな、と考えるのが当たり前である。

 僕はキリスト者ではないが、聖書の「黄金律・だから、何事でも、人から自分にしてもらいたいと望むことを、人にもしてあげなさい・・・」というのが好きだ。そして、僕はいま、平和ということで、物凄く危険な事を考えている。それは、原爆を作りつつある小国に対して、使えるものなら、日本こそその標的となって、武力を持たない、誇りたかき国の偉大さを、世界中の国に、戦争の準備をしつつある政治家たちに、態度で現わしたい、ということだ。僕も過激になってきたのかなア。豪州へ留学中の娘や、写真をとっている息子、安穏をよしとする妻などには不可解なことだろう。2006年で赤坂の仕事場・アトリエ ドムを閉じようと思ったけれど、これも建築活動ができる限り延ばす事にした。僕が元気で、日々生きている事は、僕自身だけの為ではなく、多くの周囲の方々の為だと思っている。千利休の言葉を写して「優厳素美、常住にそうろう。環境空間、慣用にそうろう」とでも述べておく。犬小屋から高層の建築まで、すべての空間に相談にのって、2007年も動きまわりたい。本年もよろしく。